| どの言語でもそうかも知れないが、叙述の為には必要最小限の側面を伝えなければならないが、メソポタミア文明の古代から場所、時間に関する限定詞があり、同じ単語でも限定詞が違っただけで大きく表現内容が変わる事になる。現代語で限定詞を持つものは接尾辞的に仕分ける方法があるだろう。時間、場所は近似の空間感を持っていると認識されているので、英語の前置詞、日本語の助詞は共通のものを使用しているのだろう。叙述の側面には5W1H的な側面を用意しておけば良いのだろう。 |
Thursday, March 31, 2016
Monday, March 7, 2016
| 世界語への模索は昔から何度も試みられて、何度も失敗している事だった。その原因は英語と言う自然言語に敵わなかったという事が率直な所だったのだろう。人工言語で辛うじて命脈を保っているのがエスペラントであろうが、エスペラントと言ってももう一つの印欧語がふえた様なものだった。東欧に生まれたもう一つの印欧語だった。ヨーロッパ人は負担なく受け入れ可能だっただろうが、我々にとっては英語を採るもエスペラントを採るも同じだったのである。これまでの人工言語は、ある個人が文法も語彙も総て個人の恣意的な選択に任されていたので、使用者たちは新しい語彙、文法が必要になっても参加が制限されていた。従って、言語の自然な活性が保証されなかったと言っても良かったのである。何故英語の様な自然言語が生き延びたのかの答えは、言語使用者による活力が生きるかに掛かっているかによると思われるのである。 |
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