| 世界語への模索は昔から何度も試みられて、何度も失敗している事だった。その原因は英語と言う自然言語に敵わなかったという事が率直な所だったのだろう。人工言語で辛うじて命脈を保っているのがエスペラントであろうが、エスペラントと言ってももう一つの印欧語がふえた様なものだった。東欧に生まれたもう一つの印欧語だった。ヨーロッパ人は負担なく受け入れ可能だっただろうが、我々にとっては英語を採るもエスペラントを採るも同じだったのである。これまでの人工言語は、ある個人が文法も語彙も総て個人の恣意的な選択に任されていたので、使用者たちは新しい語彙、文法が必要になっても参加が制限されていた。従って、言語の自然な活性が保証されなかったと言っても良かったのである。何故英語の様な自然言語が生き延びたのかの答えは、言語使用者による活力が生きるかに掛かっているかによると思われるのである。 |
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